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カテゴリ:2007 年春の旅行( 10 )


2007年 04月 14日

備中高梁

4月9日(月) 捻挫していた足首が少々気になったが、昨日から痛みはなくなったので、
友人との約束もあり、青春18キップで備中高梁に行くことにした。備中松山城主小堀
遠州が自ら作った庭園のある頼久寺や、武家屋敷、紺屋川美観地区などには、以前
行ったことがあったので、今回は天守の現存する山城としては唯一の高さを誇る「備中
松山城」に登ることにした。
市街地の北端にそびえている臥牛山(がきゅうざん)は標高約480m、北から「大松山」・
「天神の丸」・「小松山」・「前山」の4つの峰からなり、南から見た山容が草の上に伏した
老牛に似ているためにそう呼ばれている。臥牛山全域が一大要塞となっていたが、現在
「備中松山城」と呼ばれるのは、このうちの「小松山」の山上に築かれた近世城郭を指して
いる。
朝8時11分住吉を出発し、乗り換え4回で11時53分備中高梁着。足の捻挫をかばって
駅前からタクシーで8合目の鞴峠の駐車場までいった。ここから城まで700mは歩くしか
ない。
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歩き始めると、ポイント、ポイントに城主の気配りのある立て札があった。
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そのあたりの山道
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中間地点の中太鼓櫓跡
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最後の立て札
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by seico5822 | 2007-04-14 22:05 | 2007 年春の旅行
2007年 04月 11日

備中松山城

"本日の登城大儀であった”と城主に迎えられて、大手門跡、足軽箱番所跡を通り三の丸に
至る。三の丸の立て札
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三の平櫓東土塀 (国指定重要文化財)
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四角い矢狭間と丸い筒狭間を備えている。厩曲輪の土塀の一部とともに永年の風説に
耐えて残り、国指定重要文化財である。
二の丸から見る松山城
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天守(国指定重要文化財)
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木造本瓦二層二階の建物で、内部一階には囲炉裏があるが、天守に囲炉裏があるのは
珍しい。窓は中からは外がよく見え、外からは中が見えないよう工夫されている。
外から見る
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二重櫓(国指定重要文化財)
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天守同様、天然の巨石を櫓台とした二層二階建の構造。天守の北にあり、南の出入口は
天守裏に通じている。

備中松山城は1240年、当時地頭に任ぜられた秋葉三郎重信が臥牛山の大松山に砦を
築いたことに始まり、水谷勝宗が1681年から三年をかけて備中松山城の大改築を行い、
1683年現存する天守や二重櫓、その他の櫓、大手門など全容が完成している。
1693年水谷氏断絶後、播州赤穂藩主浅野内匠頭長矩が城の受け取りにあたり、城代家老
大石内蔵助良雄は一年近く在番として備中松山城にとどまっている。
大石内蔵助が登城の途中、休息のため座ったと伝えられる石が、登山道に残っている。
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その後城主は安藤氏、石川氏、板倉氏とかわり、廃藩置県を迎える。
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by seico5822 | 2007-04-11 19:08 | 2007 年春の旅行
2007年 04月 11日

高梁市街

松山城から歩いて下山した。途中高梁高校の運動部の生徒たちが走って登ってきたが、
皆、気持ちよく挨拶をしてくれた。城下町のよき伝統を感じた。
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高梁市街地図
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北の松山城から中洲公園に下り、石火矢町ふるさと村の武家屋敷旧折井家を見学する。
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この建物は、今から170年前天保年間に建てられ、200石前後の武士が住んでいた。
母屋と長屋門からなり、母屋は書院造り、中庭の池や庭石、踏み石などは、ほぼ昔の
ままだそうだ。奥座敷の様子
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岡村邸
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紺屋川沿いの桜…桟敷ができていた
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高梁キリスト教会
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1889年(明治22)建築。高梁初の大型洋風建築で、岡山県重要文化財に指定されている。

高梁市郷土資料館
旧高梁尋常高等小学校の本館で1904年(明治37)建築の木造二階建て。
一階は元職員室。二階の講堂は桃山風の豪快な二重折上格天井で、明治時代の気風
を伝える。江戸時代から昭和初期にかけての日常生活用品などを展示。
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紺屋川そいには古い商家が見られる。
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by seico5822 | 2007-04-11 18:33 | 2007 年春の旅行
2007年 04月 06日

高知旅行(1) しまなみ海道をとおって

3月25日(日)
尾道港では観光船が往来していました。

東のほうに新尾道大橋が見えました。
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この新尾道大橋を通って、車で高知に向かいました。
車の中から
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瀬戸田PAで(尾道市)
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瀬戸田PAで多々羅大橋を望む
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来島海峡SAにて(今治市)
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来島海峡大島
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来島海峡大橋をわたる(車の中から)
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by seico5822 | 2007-04-06 21:48 | 2007 年春の旅行
2007年 04月 05日

高知旅行(2)  高知

10時前高知に到着。追手筋は江戸時代から三百年以上続く日曜市だった。
朝取りのみずみずしい野菜や果物、寿司、餅、加工食品、水産物、衣服、刃物、
植木、骨董などあらゆるものが店先に所狭しと並んでいます。
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日曜市で買った山菜のいなかずしがとても美味でした。
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 (さば、たけのこ、こんにゃく、ズイキ、茗荷、菜の花しいたけなどのはいった巻きずし)
高知城
江戸時代の初め1601年に土佐に入国した山内一豊が創建した城。
城郭は典型的な平山城で、天守と追手門がそろっていて、国の重要文化財。
追手門と天守閣
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一豊の妻と名馬の像
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天守閣
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天守閣と本丸(懐徳館)
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黒鉄門
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鐘撞堂
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by seico5822 | 2007-04-05 14:48 | 2007 年春の旅行
2007年 04月 02日

高知旅行  桂浜からモネの庭へ(3)

高知城から目的地の"北川村モネの庭”へ行くのに桂浜を経由することにしました。
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松の緑と浜辺の白い砂、どこまでも広がる太平洋…
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桂浜水族館
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打ち寄せる波音も、瀬戸内海や日本海とはちがう感じがする…


車中から
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安芸市の道の駅で
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by seico5822 | 2007-04-02 21:27 | 2007 年春の旅行
2007年 04月 01日

高知旅行(4)       モネの庭

フランスから高知に
     モネが見ていた風景があります。(パンフより)
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ギャラリー・インフォメーション
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花の庭
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フラワーハウス
モネの庭で育てた花の苗など購入できます。
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水の庭
フランスのモネの庭から譲り受けた睡蓮が、パンフのように赤・青・白・黄色など
美しい花を咲かせます。
残念ながら季節はずれで睡蓮は咲いていませんでしたが、スイセン、トサミズキ、
パンジー、ビオラ、チューリップ、ワスレナグサ、ルピナスなどが咲き乱れていました。
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by seico5822 | 2007-04-01 17:26 | 2007 年春の旅行
2007年 03月 24日

尾道散策(1)

3月21日春分の日、墓参に福山にいき、翌日尾道を散策しました。
尾道は、気候温暖、風光明媚で多くの文人が訪れてたくさんの足跡を残し、
多くの映画ロケがおこなわれた坂のまちです。
尾道港は北前船の寄港地として繁栄をとげ、現在25もの古寺がありますが、
大部分は豪商が寄進したとのことで、広島県の銀行発祥の地でもあるそうです。
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みどころの多い街ですが、文学を中心に見て歩きました。
林芙美子像
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林芙美子は幼年時より貧困のなかで各地を転々としながら最も多感な13歳から19歳
まで尾道で過ごしました。
旅に生まれ、ふるさとが定まらなかった林芙美子にとっては、尾道は心のふるさとだった
のでしょう。文学記念室には林芙美子の愛用した机のある、彼女の書斎が再現されてい
ます。
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志賀直哉旧居
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志賀直哉はこの部屋で暗夜行路の構想をねり起稿したということです。
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志賀直哉の旧居から窓ガラスごしにメジロを撮る
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中村憲吉終焉の家
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歌人中村憲吉は広島県双三郡の出身で家業を継いでいましたが、病気になり、気候温暖な
尾道に転地療養をし、この家で1934年5月5日45歳で亡くなりました。
中村憲吉の家の横の坂道
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by seico5822 | 2007-03-24 20:50 | 2007 年春の旅行
2007年 03月 24日

尾道散策(2)

尾道の市街地観光案内地図
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千光寺山中腹には芭蕉・正岡子規・頼山陽など著名な文人墨客など25人の詩や句が
刻まれた碑がたち、文学の小道といわれています。
その一部
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千光寺
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806年開基の真言宗の名刹。
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驚音楼とよばれ除夜の鐘で名高い
千光寺境内の石鎚山鎖修行の大岩
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千光寺からの展望
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by seico5822 | 2007-03-24 19:39 | 2007 年春の旅行
2007年 03月 24日

尾道散策(3)

天寧寺三重塔
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天寧寺境内の花
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民家の立ち並ぶ坂道
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おのみち映画資料館
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尾道には多くのロケ地がある。ロケ地巡りをしても面白いでしょう。
おのみち歴史資料館
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歴史資料館のパンフ
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レトロバス
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by seico5822 | 2007-03-24 18:10 | 2007 年春の旅行